はじめに

日本における認知症患者は、462万人、軽度認知障害は400万人と推定され(厚生労働省発表;2012年時点)、毎年さらに増え続けているとされている。アルツハイマー病は、認知症の原因の過半数を占める。世界的にもアルツハイマー病患者は多く、年々増え続けており大きな社会問題となっている (1)。

アルツハイマー病は、脳内のamyloid β (Aβ) 沈着と、神経原線維変化(過剰リン酸化tau凝集体の軸索内蓄積)を病理変化とする、進行性の神経変性疾患である。中核症状として記憶障害、見当識障害、理解・判断力の低下、実行機能障害、言語障害(失語)、失行・失認などの認知機能の全般的障害が表れ、周辺症状としては易刺激性,焦燥・興奮,脱抑制,異常行動,妄想,幻覚,うつ,不安,多幸感,アパシー,夜間行動異常,食行動異常などが表れる。アルツハイマー病と診断されるおよそ20年前から、Aβの蓄積と神経細胞の変性が始まっていることが示されている(2-6)。

軽度認知障害(Mild Cognitive Impairment; MCI)は、「認知機能が低下しているが(本人または第3者からの申告、あるいは客観的認知検査の障害)、基本的な日常生活は保たれていて、認知症ではない」とされる。しかし、軽度認知障害は、その32%が5年以内にアルツハイマー病に移行するというメタ解析の報告があるように(7)、進行してアルツハイマー病へ移行する可能性があるが、MCIに対する薬物療法はない。

アルツハイマー病に対する承認薬は、コリンエステレース阻害薬のドネペジル、リバスチグミン、ガランタミンの3剤と、NMDA受容体拮抗薬のメマンチンである。 コリンエステレース阻害薬がアルツハイマー病治療薬として開発された所以は、開発当時、アルツハイマー病の原因が脳内のアセチルコリン不足にあると認識されていたことによる。しかし、その後の研究で、アルツハイマー病では、Aβの蓄積により広範に神経細胞が変性し、コリン作動性神経の脱落はその結果の一部であることが分かっている。アセチルコリンを放出する軸索終末部が標的神経細胞に投射していない状態(=軸索および樹状突起が変性・萎縮している状態)では、コリンエステレース阻害薬の作用は期待できない。また脳内の神経変性は広範に進行するため、グルタミン酸作動性神経細胞の軸索投射も減少する。この状態では、NMDA受容体拮抗薬であるメマンチンを投与しても作用が期待できないのは同様である。つまり、標準治療は対症療法であり、神経変性が進むにつれてそれら効果の発揮は難しくなる。

既承認薬とは異なる作用機序による新しい治療薬の開発動向を見ると、多くの候補薬が治験には至っているにもかかわらず今のところ承認に至ったものはない。例えば、Aβに対する抗体のsolanezumab (8)、β-Secretase阻害剤のverubecestat (9)は、いずれもPhase 3試験で認知機能改善の効果を示さなかった。神経原線維変化を抑制する目的の候補薬も Phase 3試験で認知機能改善の効果を示さなかった (10)。

アルツハイマー病期の20-30年前にさかのぼる無症状期から、既に脳内のAβの蓄積が始まっており、アルツハイマー病の診断が下されたときには、組織的な変性が進行しており、病気の発症原因を減少させても、脳機能の回復が達成されない。そこで我々は、“神経回路網の破綻を食い止めること、さらには修復することが、認知機能の維持および回復にとって決定的に重要である”、という考えに基づいて研究を進めてきた。

 

1.Diosgeninとは

Diosgeninはステロイドサポゲニン化合物であり(図1)、滋養強壮を効能として漢方で用いられている山薬(ヤマノイモDioscorea japonicaまたはナガイモD. batatasの根茎)の成分として知られている。その他、Dioscorea属の他の種や、 トリゴネラ属(Trigonella spp.)、アマドコロ属(Polygonatum spp.)、シオデ属(Smilax spp.)にもdiosgeninを含有している植物がある。山薬は、いわゆる食薬区分においては「医薬品的効能効果を標ぼうしない限り医薬品と判断しない成分本質」に区分されており、健康食品素材としても利用できる。

 

2.Diosgeninのアルツハイマー病モデルでの効果(11)

我々はまず、アルツハイマー病の脳内で認められる神経回路網の断裂・変性を模倣した培養神経細胞での実験を行った。神経細胞にAβを処置し軸索と樹状突起を萎縮させた後からdiosgeninを処置すると、突起の再伸展が顕著に認められた。そこで次に、アルツハイマー病モデルマウスの5XFADを用いて、diosgeninの抗アルツハイマー病作用を検討した。5XFADマウスでは生後2ヶ月齢で脳内にAβの沈着が観察され、4ヶ月齢以降で前シナプスの減少が始まり、4-5ヶ月齢では短期作業記憶、5-6ヶ月齢では物体認知記憶、空間記憶、恐怖記憶が障害されるモデルである。我々は、記憶障害がかなり進んだ6-8か月齢の5XFADにdiosgeninを20日間、腹腔内投与したところ、野生型マウスと同程度にまで記憶障害が改善した。また5XFADマウスでは、 大脳皮質や海馬に多く沈着するAβプラークと重なる場所に、軸索変性を示す像である軸索終末の球状化と前シナプスの肥大が認められ、また神経原線維変化(tauの過剰リン酸化)も顕著であった。diosgenin投与群ではこれらが有意に減少した。

Diosgeninは腹腔内投与だけでなく、経口投与でも記憶障害を改善する(12)。ただし経口投与で効果を発揮させる場合には、特殊な溶媒に溶解させる必要があった。この適切な溶媒を用いなければ、diosgeninの脳移行量が極めて少なくかつ記憶障害改善効果が見られないことが分かり(13)、一連の内容に関して特許を取得した(発明者:東田千尋)。

 

3.Diosgeninの正常マウスにおける記憶亢進作用(14)

Diosgeninは、正常マウスに投与してもその記憶能力を強化する作用があり、その際、前頭皮質と海馬における神経細胞の発火頻度が有意に増加し、その部位での軸索密度も増加していた。Diosgeninはアルツハイマー病時だけでなく、正常な脳に対しても認知機能の亢進作用を有していることが示唆された。

 

4.Diosgeninの作用メカニズムの解析(11,14)

Diosgeninの直接の標的分子を明らかにするために、drug affinity responsive target stability (DARTS)法(15)を用いて網羅的に解析した結果、diosgeninに結合するタンパク質が、1,25D3-membrane-associated rapid-response steroid binding protein (1,25D3-MARRS)であることが示された。1,25D3-MARRSは、生体内の活性型ビタミンD3の受容体として知られていたものであったが、神経系での機能は報告されていず、我々の研究によって初めて、軸索伸展、記憶改善に関わる分子としてクローズアップされた(図1)。さらに、diosgeninによって1,25D3-MARRSが刺激された後に神経細胞内で起きる変化を検討し、heat shock cognate 70の減少が関与していることを明らかにした(12,16)。

ジオスゲニンの新たな効能
図1 ジオスゲニンの新たな効能

 

5.Diosgeninのヒトでの効果(13)

Diosgeninを含有するヤマイモエキスによる、健常人の認知機能向上作用を検討する臨床研究を行った。20歳から81歳までの28名の参加で、ランダム化二重盲検クロスオーバー試験により実施し、認知機能をRepeatable Battery for the Assessment of Neuropsychological Status (RBANS)試験によって評価した。ヤマイモエキスを3カ月間服用すると有意にRBANSの総得点が向上し、年齢別に5つの認知機能ドメインごとに解析すると、特に60歳以上における遅延記憶の向上が認められた(図2)。この結果は、diosgeninを含有するヤマイモエキスが記憶能力などの認知機能を活性化させることを示唆する。

 

おわりに

以上述べてきたように、脳内の神経細胞間のつながりを強化、修復する活性を有するdiosgeninが見出され、動物実験においては、diosgeninによるアルツハイマー型認知障害の改善、正常時の記憶力の亢進が示された。重要なポイントは、diosgeninおよびdiosgenin含有ヤマイモエキスを、そのまま飲んだり(食べたり)、水溶性の溶媒で経口投与しても、diosgeninは脳には届かず薬効も表れないことである。Diosgeninの脳移行性を高める特許技術を用いなければ(*権利人:レジリオ株式会社)認知機能への効果は期待できない。我々の実施した健常人での臨床試験では、この特許技術にもとづいて製剤された試験薬が用いられ、その結果、認知機能の強化作用が認められた。科学的エビデンスと特許にもとづいた製品として、「ジオスゲニン・ゴールド」が、「健常な中高年の方の加齢に伴い低下する認知機能を維持する機能」を効能とした機能性表示食品として受理された。特筆すべきことは、認知機能に係わる機能性表示食品の届出において、通常「認知機能の一部である(例えば)短期記憶をサポート(維持)する機能がある」と限定せざるを得ないところであるが、レジリオ社の受理された届出においては、総体的な認知機能となっていることであろう。

 

参考文献

1) Alzheimer’s Association: Alzheimer’s & Dementia, 15, 321-387 (2019)
2) Villemagne VL. et al.: Lancet Neurol, 12, 357-367 (2013)
3) Reiman EM. et al.: Lancet Neurol, 11, 1048-1056 (2012)
4) Jack CR Jr. et al.: Brain, 132, 1355-1365 (2009)
5) Bateman RJ. Et al.: N Engl J Med, 367, 795-804 (2012)
6) Gordon BA. Et al.: Lancet Neurol, 17, 241-250 (2018)
7) Ward A. et al.: Dement Geriatr Cogn Dis Extra. 3(1), 320-332 (2013)
8) Honig LS. et al.: N Engl J Med. 378(4), 321-330 (2018
9) Egan MF. et al.: N Engl J Med. 378(18), 1691-1703 (2018)
10) Gauthier S. et al.: , Lancet. 388(10062), 2873-2884 (2016)
11) Tohda C. et al.: Sci Rep. 2, 535 (2012)
12) Yang X. et al.: Sci Rep, 8, 11707 (2018)
13) Tohda C. et al.: Nutrients, 9, E1160 (2017)
14) Tohda C. et al.: Sci Rep, 3, 3395 (2013)
15) Lomenick B. et al.: Proc Natl Acad Sci USA, 106, 21984-21989 (2009)
16) Yang X. et al.: Front Pharmacol, 9, 48 (2018)

  

図1   Diosgeninの神経細胞における作用メカニズム

Diosgeninは1,25D3-MARRS を直接刺激し,少なくともPI3K,ERK,PKC,PKAを活性化する。1,25D3-MARRSの活性化が記憶亢進につながる。また,ジオスゲニンは神経細胞においてHSC70の発現量減少をもたらす。Amyloid βが誘発する軸索萎縮は,HSC70 の減少により軽減され正常な軸索伸長が促される。

図2   ヤマイモエキス12 週間投与後の認知機能の変化

ジオスゲニンを高濃度含有するヤマイモエキスをカプセル化して健常人に3 か月間服用させた。プラセボカプセル服用群を対照群とした。群の割り付けはランダム化二重盲検法により行った。RBANS総得点と、総得点を構成する5つの指標得点について、被験者を60 歳未満あるいは以上で分けた場合で比較した。ヤマイモエキス服用により、RBANSの総得点、および遅延記憶の有意な向上が認められた(文献13より改変して引用)。